活動

2020年1月30日

国際連携活動報告:ウィーン訪問記

首都大学東京 大学院人文科学研究科
續木 大介

道義的に若手を名乗るのが少なからず憚られる年齢になった僕だが、ありがたいことに、定義の上ではまだ、若手としての要件を満たしているらしい。2019年の暮れも押し迫った12月に、国際連携の一環である若手派遣枠の補助を受け、ウィーンで開催された Brainhack Vienna および Prof. Georg Langs のチームとの研究ミーティングに参加させていただいた。本稿では、快く送り出してくださった「個性」創発脳の関係者の皆様への謝辞も兼ねて、その出張の事と次第について報告する。

ウィーン市庁舎から徒歩10分ほどの場所にある Complexity Science Hub Vienna において 2019年12月11日から三日間に渡り開催された Brainhack Vienna は、Evolutionary developmental biology (EvoDevo) をテーマとした、ハッカソン形式のイベントであった。主にヨーロッパ各国のニューロサイエンティスト達が集い、各々の研究者間で取り組むべき課題を設定・共有し、限られた期間の中で、それらを解決に導くための方法や、研究を発展させるための道筋について、各グループで手と頭を動かしながら議論していく。参加者は、どのグループに対しても自由に参加・離脱することができ、複数の小さな演習グループが流動的に作業を進めていくような形で、イベントは進行していった。

各グループで設定されたテーマとしては、例えば Roxane Licandro による「3D プリンタを用いたヒト脳ミニチュアの作成」や、precon_all の開発者 Robert Austin Benn による「ブタ脳の構造・機能解析」、Dr. Roberto Toro による「粒子法を用いた大脳皮質フォールディングのシミュレーション」、The Developing Human Conectome (dHCP) プロジェクトにおいてインフラストラクチャの構築と運用を担当している Dr. Jianliang Gao による「深層学習を用いた胎児脳セグメンテーション機能の実装」などがあった。僕は適宜、ヒト脳ミニチュアの作成手続きやその用途について Roxane と話したり、Roberto のプログラムに少し手を加えて遊んだり、dHCP プロジェクトを支える人々やバックボーン端末に関して Jianliang に尋ねたりしていた。TRABIT のプログラムで King's College London に滞在している Lucas Fidon という青年は数学に長けており、Jianliang と四つに組んで Generalised Wasserstein Dice Loss の胎児脳セグメンテーションへの応用や、コードのアップデートについて、綿密な打合せをしていた。ハッカソンの合間には、Dr. Simon Neubauer による「Endocast 構造データを用いたヒト脳の形態解析」、Dr. Alexandros Goulas による「ヒト脳と哺乳動物脳のコネクトーム」といった複数のトークも挟まれ、会期の三日間は、あっという間に過ぎ去っていった。

Brainhack Vienna を終えて翌週、Georg のラボを訪ね、今後の胎児脳の発生発達に関する研究についてミーティングを行った。Georg は Medical University of Vienna にて Computational Imaging Research Lab (CIR) の Head を務めており、脳の形態や発生発達に対し、AI や機械学習を用いたアプローチによって多様な解析を試みている。CIR に隣接する Vienna General Hospital では、日々、臨床を目的として胎児の MRI が撮像されており、それらのデータの一部を参照して、Georg のラボでは研究が行われている。Georg 達とは 2019年3月から共同研究の地盤を固め、我々も、貴重な胎児脳 MRI を見せていただいている。目下、我々は MRI 上でセグメンテーションした胎児の脳を Inflated surface および Sphere へと変換した上で、縦断的に脳溝や脳回の変化をトレースし、その変化に内在する発達特性を明らかにしようとしている。今回の打合せでは、主に、セグメンテーションしたデータの解剖学的な意味づけと、Sphere 上のパラメーターを地図投影のように二次元平面にマッピングする手続きと表現方法についてのディスカッションを行った。

滞在最終日。ウィーン国際空港で羽田行きの便を待ちながら、Ottakringer の Session IPA, Big Easy が注がれたグラスを眺めている。Ottakringer は 1837年に創設されたウィーンの醸造所だが、そんな伝統ある醸造所が、どちらかというとヨーロッパよりアメリカに寄せたテイストの Session IPA も醸し始めたという事実に、少なからず驚いた。そういえば先週、町中のパブで試し、舌鼓をうった Monkeyking は、新進気鋭のブルワリー brewage によってリリースされたものだった。Monkeyking は、重厚で深い甘みすら感じられる、僕好みの Imperial IPA で、ことさら美味しかったのだが、これもまたホップフォワードな味わいが、ヨーロッパ発祥の古典的な IPA とは異なる個性を際立たせていた。由緒あるものを頑なに守るだけでは、ブランドを維持することは難しいのだろう。新しいものに果敢に挑戦し、良いものには丹念に磨きをかけていく、そういった姿勢とサイクルが時代を開いていく点に関しては、アカデミアとビール業界に共通するものであるように思える。

Big Easy の淡い琥珀に潜む酵母の味わいと爽やかなホップの香りを堪能しつつ、僕は今回のウィーン滞在で出会った人々、再会した人々のことを思い返す。英語では「前途あること」を bright という単語で表現する。ならば、Brainhack Vienna と Medical University of Vienna で邂逅し、言葉を交わした彼らは、熱意や知性という輝きに満ちた、bright という形容に相応しい光だ。願わくば僕自身も、一条の光でありたい。そして、数多の光の中で輝きながら、より強い光のさす方向へと歩を進めていきたい。心からそう思った。