活動

2017年7月5日

日本言語学会第154回大会公開シンポジウムに本領域が協力しました

保前 文高
首都大学東京 人文科学研究科 言語科学教室

2017年6月24、25日に、首都大学東京南大沢キャンパスにて日本言語学会第154回大会が開催されました。学会のホームページによると1938年に学会の設立が決議されたとありますので、80年近くの歴史をもつ学会です。特定の理論的枠組みやアプローチにとらわれずに学術性を重視して言語研究に臨む姿勢が学会の特徴となっている旨が記されていますが、「言語への脳遺伝学的接近」と題して6月25日に行いました今回の公開シンポジウムは、まさに言語を広くとらえた試みとなりました。主催は日本言語学会で、首都大学東京「言語の脳遺伝学研究センター」が共催となり、新学術領域研究『多様な「個性」を創発する脳システムの統合的理解』の協力によって開催されました。学会には約500名の参加がありましたが、シンポジウムは公開して自由に参加して頂くことになっておりましたために、正確な参加人数は明らかではありません。目検討では、500弱の座席数がある大教室の半分以上が埋まっていたと思われます。

企画を行った本間猛先生(首都大学東京人文科学研究科)から、言語、脳、遺伝子を結ぶ中心経路を導くには、理論言語学に加えて言語脳科学、生物言語学やゲノム科学が一体となって取り組むことが不可欠であり、今回のシンポジウムを企画するに至ったとの趣旨説明があり、引き続いて保前が言語獲得に関わる脳の形態形成と遺伝要因、環境要因の検討について発表しました。大隅典子先生(東北大学大学院医学系研究科)からは、マウスの超音波発声(ultrasonic vocalization, USV)を指標とした音声コミュニケーション解析について遺伝的・環境的影響を含めたお話を頂きました。USVの具体例や遺伝学の基本をまじえて解説して下さいましたために、会場の蒸し暑さに負けずに聴衆の注意が壇上に集まったように思います。

休憩を挟んで、星野幹雄先生(国立精神・神経医療研究センター神経研究所)から自閉症・言語障害などの原因遺伝子の1つであるAUTS2についてご説明頂いて、USVに及ぼす影響と、さらにはネアンデルタールから分岐した後でホモ・サピエンスにおいて前頭前皮質が拡大した脳の進化に役割を果たしたとの仮説をご紹介頂きました。池内正幸先生(名古屋外国語大学)からは、ホモ・サピエンスが人類進化史上いつ、どのようにして言葉を獲得したのかについて、「併合語彙結合仮説」と「言語早期発現仮説」をご解説頂き、言語の起源は20―15万年前かもしれないという可能性を挙げて頂きました。

総合討論では、エピジェネティックな変化の持続性や、環境要因の言語依存性、乳児の脳画像、進化における併合のとらえ方などについて、質問と回答が展開されました。限られた時間ではありましたが、講演の内容をふまえて重要な事項が議論され、言語学と生物学的知見が邂逅するのを体感できる貴重な時間を過ごすことができました。主に脳神経系について個人(個体)の発達と種としての進化を並置することで生物学的な基盤をもとに言語やコミュニケーションの特徴をとらえて、「言語の来し方行く末」について検討することから新たな展開が生み出されるのではないかと期待が湧くシンポジウムとなりました。末筆ではありますが、今回のシンポジウムの開催をお認め下さいました日本言語学会会長の窪薗晴夫先生、大会運営委員長の内海敦子先生、シンポジウムにご協力下さいました新学術領域「個性創発脳」領域代表者の大隅典子先生に心より御礼申し上げます。