活動
2018年8月28日
地村弘二先生講演会 – 大規模データベースを活用した「個人差」研究
首都大学東京大学院人文科学研究科 人間科学専攻 言語科学教室
續木 大介
保前 文高
2018年3月19日に、「個性」創発脳A01公募研究代表者の地村弘二先生に慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎にて、ご講演頂きました。ご講演は2部構成となっており、第1部では、健康な成人1,200名を対象として機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging, fMRI)と心理検査の結果、遺伝情報を集めて公開した未曾有のデータベースであるHuman Connectome Project(HCP)についてご紹介頂きました。休憩を挟んだ後の第2部では、HCPをどのように「個人差」研究、「個性」研究に活用するかということについて、地村先生ご自身が進めているご研究を中心にしてお話し頂きました。
地村先生は、HCPのデータ収集を行うまさにその時期に、拠点の1つであるWashington Universityにてご研究をなさっていたこともあり、データ収集時の手続きや、用いられているfMRIの課題、心理検査のそれぞれについてだけでなく、データベースの構造にも精通していらっしゃり、60TB以上にもなる膨大なデータを活用する方法について、見通しよくご説明下さいました。また、HCPのデータを用いてすでに報告されている代表的な複数の論文について、その概要をおまとめ下さり、安静時fMRIと行動・属性データの解析や行動時の脳活動を安静時の脳活動から個人レベルで推定する結果をお示し下さいました。遺伝子発現が安静時機能的結合を反映することなど、大規模なデータベースを用いることで脳活動のデータが様々なレベルの指標と対応づけられることは、従来の研究とは一線を画すプロジェクトであることを強く印象づけるご紹介でした。研究参加者の人数という点において、データの量が従来の研究の数十倍にもなっていることで、得られた結果に対する信頼性が従来とは異なるということなどの議論が質疑応答を通してなされました。
第2部では、HCPのデータをどのような観点で用いるか、というフレームワークからご講演を始めて下さいました。1)仮説を立ててHCPデータのみで検証する、2)HCPデータと他のオープンリソースデータを統合的に解析する、3)オリジナルの実験とHCPデータを統合的に解析する、4)基礎教育に使う、という4つの枠組みをお示し下さった後で、それぞれについて詳しいご説明を頂きました。1)について、データ自体がすべて公開されているために、研究者がデータを利用して検証しようと考えることが重複していて研究間の競争が激しいこと、どれだけユニークな仮説を立てられるかが重要になることをお話下さいました。このことは、講演に参加した多くの方の間で共有される感覚であったように思います。ご講演の中心となったのは、3)のフレームワークで地村先生が進めていらっしゃる「食品選択と自己制御」に関する研究のご紹介で、例えば、50名の研究参加者を想定したオリジナルの実験にHCPのデータベースと接続可能なパラダイムを入れ込むことで、1,200名のデータを参照しながら解析することが可能になるというご説明をして下さいました。結果の信頼性と一般性をあげるための今後の展望もお示し下さり、その後に「個性」研究への展開を含めた活発な議論がなされました。多くの個人の結果から「個人差」を抽出し、「個性」へ一般化をするための道筋を考える上において、また、大規模データの取扱いやデータシェアリングについて検討する上においても、大変貴重なご講演であったと思います。
最後に、ご講演頂きました地村先生、ご来場頂きました先生方、開催にあたりご準備下さいました藤井進也先生(慶應義塾大学)に御礼申し上げます。