活動

2018年8月28日

大石健一先生講演会 – 発達期の脳を定量的に測る

首都大学東京大学院人文科学研究科 人間科学専攻 言語科学教室
續木 大介
保前 文高

2018年6月28日に、Johns Hopkins University(JHU)の大石健一先生に東京大学本郷キャンパス教育学部棟にて、ご講演頂きました。大石先生は、磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging, MRI)の上で、脳の領域を分けて示したアトラスをご作成になったことで大変有名な研究者です。2018年7月24、25日に京都で開催した国際シンポジウムにご登壇頂くことをお願いいたしましたが、東京でもお話を伺う機会を頂戴したいとお願いをして講演会を開催して頂きました。「個性」創発脳の関係者に限定せずにご参加頂くようにホームページ等でもご案内をしましたため、小児科の医師や理学療法士を含めて、熱心な先生方にご来場頂けました。

ご講演は、医学における個性の話題から始めて下さり、現代医学と医学教育の基礎を築いたと言われるWilliam Oslerの「変動性は生物の基本法則であり、1人として同じヒトは存在せず、通常でない状況における反応や振る舞いは個人ごとに異なる。それが病である」という趣旨の言を引用して、JHUに受け継がれるindividualized healthの考え方をご紹介下さいました(JHUの以下のホームページにも説明があります: http://hopkinsinhealth.jhu.edu/about-us/what-is-individualized-health)。極端な「個性」として病気をとらえるとすると、個性を測る多様な軸を設定した上で、逸脱の程度、逸脱の見られる時期、逸脱するスピード等を正確に測ること、すなわち「定量」が重要になることを強調なさいました。例として、海馬の体積を測ることを挙げて、海馬の境界の定義や計測の精度が評価者によって異なると、比較することが不可能なほどの大きな差異が結果に現れることをお示しになりました。

脳の「定量」を実現するために、大石先生が開発なさったアトラス法がご講演前半の中心的なテーマでした。脳を画像上で領域ごとに正確に分割する方法で、Michelle Millerが作成したLarge Deformation Diffeomorphic Metric Mapping(LDDMM)を利用して個人ごとの脳を鋳型となる脳の形態にあわせ込み、鋳型上で定義した分割を個人の脳に還元する方法です。この鋳型にあわせるLDDMMという方法は、20年ほど前に開発されたにも関わらず、極めて高い精度が担保されるために、鋳型となる脳で正確に決めた領域の分割を個人の脳に反映させることが可能になるとのことでした。MRIデータを解析するために世界的に使用されているStatistical Parametric Mapping(SPM)で用いられている方法とアプローチとしては同様でありますが、正確性という点ではるかに勝っている印象です。但し、スーパーコンピューターで計算をする必要があり、計算量は大変なものになることのことでした。最近は、複数の脳のMRI画像から機械学習によって境界の同定をするマルチアトラス法を開発なさり、個人の違いをより正確に捉えることが可能になったとのことで、画像をお示し頂くと一目瞭然という結果でした。

後半は、アトラス法を用いて発達期の脳を定量化したご研究の紹介をして下さいました。幼児期から思春期初期にいたる脳体積の変化や、遺伝子型の影響、妊娠中のアンフェタミンの使用が脳形成に与える影響、早産の影響等を具体的にご説明下さいましたが、アトラス法の有効性は明らかで、正確に定量することで発達過程や個人差・群間差が明確になるデータには説得力がありました。また、この中では、Pediatric Imaging, Neurocognition, and Genetics(PING)studyとAdolescent Brain Cognitive Development(ABCD)studyという2つの大規模調査の結果を公開しているデータベースの脳画像を使用した解析についてもお示し下さり、大石先生もご協力してJHUで公開しているアトラス法を用いたWeb上の解析ツールであるMRICloud(https://mricloud.org)とともに「個性」創発脳のデータシェアリングにも参考となる内容でした。ご講演終了後の質疑応答は、参加者の多様性も反映して多岐にわたり、具体的なデータの扱い方に関する質問だけでなく、脳の形成に関する議論や個人差の現れ方が発達に伴って変化するかなどの議論がなされました。計測する対象と得られたデータに真摯に向き合う態度が技術開発につながり、結果の精度と信頼性を高めて、議論の深みをうみだすことを実感したご講演でした。

最後に、ご講演頂きました大石先生、ご来場頂きました先生方、開催にあたりご準備下さいました渡辺はま先生(東京大学)に御礼申し上げます。