活動

2018年10月9日

第61回日本神経化学会大会・第40回日本生物学的精神医学会合同年会において、「個性」創発脳の共催によるランチョンセミナーが行われました

東北大学大学院文学研究科哲学
原 塑

2018年9月6日(木)から8日(土)の三日間、神戸国際会議場において第61回日本神経化学会大会・第40回日本生物学的精神医学会合同年会が開かれました。学会二日目の昼食時に、新学術領域研究「個性」創発脳の共催によるランチョンセミナーを開催し、ELSI部門で行っている研究について発表しました。セミナーの座長は大隅典子領域代表、発表者は私で、発表タイトルは「動物から個性を理解する」です。以下、講演の概要を紹介します(学会初日の9月6日に、「個性」創発脳の共催で、シンポジウム「神経系の発生・機能とその破綻」が開催されました。その様子については、こちらをご覧下さい。

「個性」創発脳では、人間だけではなく、モデル動物も研究対象とし、計算論的アプローチを組み合わせながら個性を研究しています。では、人間を対象とする研究とモデル動物を使った研究、計算論的研究は、相互にどのような関係に立つのでしょうか。

人間は日常的語彙を用いて自分たちの心や生活、社会のあり方を理解しようとしますが、人間の日常的理解が及ぶ範囲には限りがあり、人間の心や生活の生物学的基盤は科学的手法を用いなければ明らかにすることはできません。人間の日常的理解の枠組みは巨視的で、その記述には「私」や「あなた」、「彼」、「彼女」といった人称表現が登場し、人称表現により指示される人物が何か行為をしたり、感じたりする、とされます(そのため、人間の日常的記述はパーソナルレベルの記述と呼ばれます)。それに対して、人間の生物学的記述には人称表現は登場せず、日常的理解では把握できない微視的なプロセスが明らかにされます(このような記述をサブ・パーソナルレベルの記述と言います)。人間を総合的に理解するためには、パーソナルレベルとサブ・パーソナルレベルという階層を異にする二つの記述の両方を用いる必要がありますが、これらの記述は全く異質であり、相互に翻訳可能であったり、単純に一方を他方に置き換えることができたりするわけではありません。そのため、両者の記述を仲立ちする中間的なレベルの記述が必要となるのですが、その役割を果たす候補の一つが、脳機能の計算論的モデルです。

個性というパーソナルレベルの現象の生物学的基盤を明らかにするためには、まず、個性とは何かを明らかにし、その計算論的モデルを考え、その上で計算論的モデルと整合性をもつ生物学的プロセスを探していくという段階をふむ必要があります。では、個性とは個人のどのような性質なのでしょうか。詳細は省きますが、私は人間の個性は、「多様性の中の個性」、「自律性としての個性」、「個別の人生を生きることによる個性」の三つの構成要素をもつと考えています。このうち、最後の意味での個性は、自分自身の人生のエピソードを記憶し、一貫した歩みとしてまとめあげ、有意味で一貫した人生を生きている自分自身に価値があると認識する個人の能力に依存します。このような能力をもつ人間にとって、自分の人生はかけがえのないものとなります。

では、個々の人生のかけがえのなさという意味での個性の生物学的基盤は、科学的にどのように調べていけばよいのでしょうか。一つの切り口は、人生のエピソードを一つにまとめあげることに困難をかかえている人びとの当事者研究を参照することです。当事者研究では、個人的体験を統合することに困難をかかえている当事者の方々の自己理解の試みが様々になされていて、計算論的モデルなど自然科学的研究の成果が知的資源として利用されています。この当事者研究を参考にすることで、個々の人生のかけがえのなさがどのような生物学的基盤に立脚するのかを明らかにしていくことができる可能性があります。もし、その生物学的基盤を明らかにすることができれば、当事者研究の推進にも貢献できますし、そうすることを通じて、当事者の生きやすさの促進に助力することができるかもしれません。

講演後の質疑応答では、障害とは何かや、音楽など芸術を鑑賞することの意味などについて有意義な議論がされました。