活動
2021年2月19日
「若手研究者データ解析・共有基盤創出チャレンジ」研究成果報告
転写因子結合プロファイリングによる精神疾患および
神経発生に関わる遺伝子発現制御機構の解明
計画研究A02大隅班
鄒 兆南
京都大学大学院医学研究科・博士後期課程1年
多細胞生物のゲノムはほとんどの細胞で同一であるが,薬剤投与や組織分化によって遺伝子発現パターンが変化するが,そこに至るまでの過程はブラックボックスのままであることが多い.そこで,一般的な「遺伝子発現プロファイル」に加え,細胞の性質を規定する新たなパラメータとして「転写因子結合プロファイル」が重要であると考えた.
実際に,ゲノム上の転写因子結合を調べた数万件のChIP-seq実験データを活用し,薬剤処理もしくは組織特異的に・細胞周期特異的に発現が変動する遺伝子の周辺領域に対して各転写因子のエンリッチ度合いを評価し,enrichment scoreと同時にfold enrichmentの算出を行った.
1) バルプロ酸 (VPA) 母体投与による自閉症マーモセットモデル脳のDEG情報 (VPA非曝露/曝露群;single nucleus RNA-seq;生理研郷 康広特任准教授より提供) を用いて,VPA曝露による自閉症のキーファクタの同定を試みた.その結果,オリゴデンドロサイトのクラスターにおいてはVPA投与群で高発現する遺伝子にオリゴデンドロサイトの分化や成熟に重要なOLIG2 がエンリッチした.この結果から,oligodendrocyteの分化や成熟がVPA投与により異常に亢進し,oligodendrocyte の「過形成」が精神疾患の病態に寄与していることを示唆していると考えられる.
2) 異なる脳領域・細胞周期のDEG情報 (京大今吉 格教授より提供) を用いて解析を行った.dorsal/ventral ventricular zone (VZ) の細胞では,G1期よりもS/G2/M期で高発現する遺伝子の周りに細胞周期の進行に重要なE2f4および分子時計Hes1を阻害するSirt1が最もエンリッチした.また,dorsalとventral VZの比較では,神経前駆細胞の維持に必要なAsh2lがdorsal側にエンリッチした.この結果から,Ash2l発現を領域特異的に操作する実験を行うことにより,これらの領域における神経発生機序への理解が深まるのではないかと考えられる.