活動
2018年3月16日
成体脳新生ニューロンは行動タスク中の嗅球のパターン分離を促進する
本成果は、2018年3月13日に「eLife」誌に掲載されました。
小宮山尚樹博士(米国UCSD)と今吉格先生(京都大学)らの共同研究。
従来、ニューロンの産生は胎児発生期においてしか行われないと考えられていたが、ヒトを含めた哺乳類の生後脳・成体脳においても神経幹細胞が存在し、側脳室周囲の脳室下帯や海馬・歯状回といった特定の領域では、ニューロンの新生が継続していることが解ってきた。新たに産出される多くの新生ニューロンは嗅球や海馬の既存の神経回路に組み込まれるが、このようなニューロン新生が個体にとってどのような生理的意義を持っているのかはほとんど明らかになっていない。ヒトの成体脳におけるニューロン新生の様式については、他の種と異なるようであるが、様々な哺乳類動物の脳において、ニューロン新生が起きていることが確認されている。本研究課題では、生後脳・成体脳において、活発にニューロン新生が起きている、げっ歯類マウスをモデル動物として使用して研究を行った。我々の研究グループはこれまで、ニューロン新生を遺伝的に操作できる遺伝子改変マウスを作成し、ニューロン新生の機能的意義の一端を明らかにしてきた。例えば、海馬のニューロン新生は、空間記憶の長期維持に必要なことや、嗅球のニューロン新生は、先天的忌避臭への応答行動などに関与している事を示してきた。しかし、これらはニューロン新生の機能的意義の一部を明らかにしたに過ぎないと考えられた。また、ニューロン新生は神経回路の可塑的変化に対して、どのような機能を担っておいるのかは、不明な点が多かった。
実験マウスが、わずかな匂い物質の構成比を嗅ぎ分け、報酬との関連学習をおこなう認知課題を遂行している過程において、嗅球神経回路の可塑的変化を2光子顕微鏡システムを用いて数週間にわたって観察した。新生ニューロンを脳内から除去したマウスでは、嗅覚関連学習と課題遂行中の嗅球神経回路の可塑的変化に異常がみられた。具体的には、正常マウスでは、嗅覚関連学習の進行とともに、嗅球の主要な投射ニューロンであるMitral cellの発火抑制としての可塑的変化が観察される、しかしながら、新生ニューロン除去マウスでは、嗅覚関連学習に異常が認められるともに、このような嗅球神経回路の可塑的変化も減少していることが明らかになった。興味深いことに、報酬との関連学習は実施せず、受動的に匂い物質を暴露した場合には、正常マウスと新生ニューロン除去マウスでは、僧帽細胞の発火の可塑的変化に違いは見られなかったことから、匂い物質と報酬等の価値の連合を嗅覚神経回路に付与する過程に、新生ニューロンは貢献していると考えられた。
柔軟な嗅覚関連行動、メスマウスの子育て行動、空間記憶の形成や忘却など、様々な脳機能に成体脳ニューロン新生が関与することが報告されており、ニューロン新生は、脳機能の恒常性の維持にも重要な役割を担っていると考えられる。また、ニューロン新生は生後発達期においても、嗅球と海馬において活発に続いている。特に海馬のニューロン新生は、動物個体周囲の環境によって大きく変動することが知られており、生後の脳の発達に様々な影響を与える可能性がある。例えば、実験マウスにおいては、同じ遺伝的バックグラウンドを持った同腹の個体間においても、行動パターンに様々な個体差が存在する。これらの個体差や個性を創発するメカニズムのひとつの要因として、生後発達期のニューロン新生が関与している可能性があり、今後の詳細な解析が期待される。
本研究課題は、米国カルフォルニア大学サンディエゴ校の小宮山尚樹博士の研究グループとの共同研究である。
図: 成体脳嗅球において、新生ニューロンが神経回路に組み込まれる様子。DAPIによる核染色(青)。蛍光タンパク質によって標識された新生ニューロン(緑、左図)。抗DCX抗体によって標識された新生ニューロン(赤、右図)。
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