活動

2020年12月16日

新しい学習に必要な脳の情報リプレイを解明

東京大学 大学院薬学系研究科
佐々木 拓哉

動物の個性は、新しい環境に直面した際に、様々な行動変化として表出します。特に、新たな学習過程と行動設計には、大きな個体差があり、動物の個性を決定する重要な要素と考えられます。

本研究では、このような学習メカニズムに焦点を当て、脳の神経活動の変化を調べました。具体的には、ラットの海馬に多数の金属電極を埋め込み(図A)、動物が特定の場所にいるときに活動する海馬の場所細胞を調べました。この場所細胞の活動を解析することで、動物が現在どこにいるか、さらには、どのような行動戦略の情報を脳内で再生(リプレイ)しているか推定することができます。このアイデアに基づき、我々は、ラットに新しい報酬位置(チェックポイント)を学習させるような行動課題を新たに考案しました(図B)。はじめにラットは、スタートから特定の経路を辿り、報酬を得て、ゴールに辿り着くように訓練されます(図B、経路1)。このような決まった行動をしている時は、海馬の神経細胞は、その行動場所のみをリプレイしていました(図C、学習前)。次に報酬を、新しい場所に置き換えました。最適解は、図Bの経路2を辿るような行動ですが、ラットは、直後にはこの経路を採ることができず、様々な経路を採りながら試行錯誤を繰り返します。このような時期には、海馬の場所細胞は、新しく学んだ報酬位置に関連した情報のリプレイを生じるようになりました(図3、学習中)。特筆すべきは、学習の後半期、ラットが最適解の経路2を辿るようになる前に、海馬の場所細胞は既に、この行動をリプレイできるようになりました。これは、実際の動物の行動よりも先に、海馬の神経活動は、最適な行動設計を実現していることを示唆しています。最後に、このようなリプレイの頻度が減少したラットでは、効率的な学習ができないことを示しました。

本研究から、新しい行動戦略の学習に必要な海馬の神経機構の一端が解明されました。このような脳情報処理メカニズムを通じて、新たな環境に直面した際に、動物の様々な個性の表出が起こると考えられます。

本研究の発表文献

【題目】
Prioritized experience replays on a hippocampal predictive map for learning
(学習に伴って変化する海馬神経細胞の情報リプレイ)

【雑誌】
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)

【著者】
Hideyoshi Igata (井形秀吉), Yuji Ikegaya (池谷裕二), Takuya Sasaki(佐々木拓哉)

【受理日】2020年11月8日

【出版日】2020年12月16日

図 (A) ラットに空間迷路を解かせる。ラットに埋め込んだ電極から海馬の神経細胞の活動を記録し、その活動に基づいて、ラットの脳がどのような場所や行動の情報を再生しているか推定する。(B)はじめにラットは、スタートから報酬が置かれるチェックポイント(黄色)を経てゴールに辿り着くように訓練される(左、経路1)。次に報酬位置を、右図のように新しい場所に置き換えると、ラットは様々な経路を採りながら試行錯誤を繰り返し、最終的には最適解の経路2を辿るようになる。(C)学習前は、経路1のリプレイのみが生じている(左)。学習に伴い、試行錯誤が始まると、経路1に加えて、経路2の一部のリプレイも生じる(中)。学習の後半には、ラットが最適解の経路2を辿る以前から、経路2のリプレイが生じるようになる。